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「わたし、定時で帰ります。」の星印案件チームの長時間労働による弊害を考える

の星印案件チームの長時間労働による弊害を考える

長時間労働が星印チームに与えた悪影響を考察

吉高由里子さん主演のドラマ「わたし、定時で帰ります。」の第八話では、毎日必ず定時で帰る東山結衣(吉高由里子さん)の上司、福永清次(ユースケ・サンタマリアさん)がクライアントの星印に出した予算度外視の無茶な提案が通ってしまい、社員が対応に奔走する様子が描かれている。そこに追い打ちをかけるように星印の担当者、牛松(金井勇太さん)は自社側の作業の遅延を看過した上、さらに納期の短縮を言い出す始末で、東山のチームは窮地に陥ってしまう。そこで、この状況の元凶となった星印のやり取りから、良し悪しは別として「星印」の狡猾な交渉術とその危険性を分析する。

長時間労働の弊害 その1:「チーム内に不協和を起こす」

最初に東山の同僚、三谷佳菜子(シシド・カフカさん)と吾妻徹(柄本時生さん)のやり取りを見てみよう。

 

三谷「東さん、商品ページのスタイル調整どうなりました?」

東「ああ、まだだけど?」

三谷「は?昨日までっていう話でしたよね。」

東「そもそものコーディングフィックスがまだなんだから昨日上げたって意味ないでしょう。」

三谷「ありますよ。そうやってズルズル期限を曖昧にしたら後の作業にしわ寄せが来るんです!」

東「こっちが大丈夫だって言ってんだから大丈夫なんだよ!」

 

このように、最後は東が声を荒らげる事態に発展してしまう。業務量にゆとりがあるうちはお互いを気遣うことができていたのに、連日の長時間労働続きで疲弊したメンバーが知らず知らずのうちにフラストレーションを溜め、他者への配慮を欠く行動を起こしてしまう典型的な例だ。

こうなってしまうと職場の雰囲気が悪くなり、コミュニケーションがうまくいかなくなってしまい、ミスを誘発して、フォローのための工数が増え、残業が増え、さらに職場の雰囲気が悪くなり・・という悪循環に陥ってしまう。

 サッカーやバスケットボールなどのチームスポーツではメンバー間のコミュニケーション不全でチームワークが乱れることは勝敗に深刻な影響を及ぼすが、それはビジネスにおいても全く同じことが言えるだろう。

長時間労働の弊害 その2:「生産性を下げる」

先ほどの三谷と東のやり取りの直後、来栖が居眠りをして先輩に怒られるシーンがある。その原因は次の来栖の発言から読み取れる。

 

 来栖「終電ギリギリまでやって、帰ったら日付変わってましたよ。もう目が冴えちゃって昨日2時間しか寝てないですけど意外とこれが余裕で。」

 

 その後の来栖の睡眠時間については描写がないが、長時間労働のため慢性的かつ深刻な睡眠不足に陥っていることは想像に難くない。

 睡眠不足が生産性を低下させることについては因果関係が明らかにされているようで、独立行政法人 労働政策研究・研修機構のサイトに掲載されている、早稲田大学教授・黒田祥子氏の論文「長時間労働と健康,労働生産性 との関係」に次のような記述がある。

 

 睡眠時間の低下が生産性を顕著に低下させることは多くの文献が示してきており…過重労働は睡眠時間の減少につながる結果,仕事中のミスが増え,ぼんやりが増えることにもつながる
URL: https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/special/pdf/018-028.pdf

 

仮に慢性的な睡眠不足が生産性を10%低下させたとすると、1日に4時間残業して合計10時間働いても9時間分の働きと同様にしかならなく、残業する側の社員にとっては言うまでもなく、会社にとっても実質的に1時間分の残業代のムダにつながる。それに加えて睡眠不足に起因するミスが発生すればフォローが必要になるし、顧客に影響を及ぼすような事態を招けば目も当てられない。

長時間労働の弊害 その3:「健康を損なう」

そして長時間労働の最も深刻な悪影響は、社員の健康を害することだろう。それは眼精疲労や肩こり、腰痛などの身体的なものに留まらず、精神的な疲労の蓄積の結果、抑うつ状態を引き起こす恐れがある。

作中で、来栖はクライアントとの打合せからの帰りに道端で倒れこんでしまう。来栖は東山の制止を聞かずに働き続けようとするが、もはやそんな悠長なことを言っている場合ではない。明らかにオーバーワークと睡眠不足が祟って体を壊そうとしているのに、さらに負荷をかけるなど愚の骨頂だ。また、この時点では身体が悲鳴を上げているだけだが、放置すれば早晩、精神面にも悪影響を与えることは明白だろう。

こういう話をすると「昔はみんな徹夜で働いたものだ」とか「過労で倒れるなんて気合が足りないんじゃないのか」などと言う人が(最近は少なくなってきたが)いるものだ。

しかし、先ほど挙げた論文の中に以下の記述があるとおり、長時間労働と心身の健康との関係は既に検証済みのようである。

 

“米国 PSID データを利用して,週 46 時間以上の長時 間労働を 10 年以上続けた人は心血管疾患の発症リスクが統計的に有意に高くなることを報告している

同一個人の働き方やメンタルヘル スを 4 年間にわたって追跡調査したデータを用いて分析した結果,個人の個体差や仕事の要求度・ 裁量性の違いをコントロールしたうえでも,週当たり労働時間が長くなるとメンタルヘルスが悪化 する傾向が認められることを明らかにしている。

 

 ここまで、長時間労働と、それに伴う睡眠不足がもたらす悪影響を3つの観点から考察してきた。最も深刻なのは「健康を損なう」だが、それは個人の問題では済まされない。自社の社員が休職や退職に追い込まれてしまっては会社にとっても大きな損害に繋がるし、SNSで「ブラック企業」としての悪評が拡散されればもはや会社の存亡に関わる事態にも陥りかねない。こういうリスクに正面から向き合い、長期的な視点に立って労働時間を適正に管理し、社員の健康を気遣う企業が増えてくれれば本望だ。